昨夜は、あるミッドナイトショーで、<<辞任したバチカンのポープとダライラマのツイッターの内容>>が公開されたのを、偶然のカミングで見ることができました。
チャンネルを飛ばし飛ばし多くのチャンネルに、つかのま、つかのま、飛んで覗くわけですが、
宇宙もこんなふうに地球の様子、人類の様子を観察する機能/衛生コンピュータのような?^^
そんなことを、ふと思いましたが。
。。。。お二人の会話が隠語もありで、わたくしには理解不可能。
ですが、ダライラマがポープの頭の御かぶりを『トルネード』と言ってからかい( からかいだけでなく隠れた意味ありですね )、他にも意味が詰まった言葉を放ち、ポープは「アウチ!」と発して書いたのでした。
アウチ!。まいった!これは痛い!やられた!...そんな様の、例えばオデコを打ちながら「あ、そうか、まいったなぁ」みたいな。
。。。。そのような時に出る理知とは無縁のくだけた人間のマインド表現でしょうか。
ポープが?。。。。こういうことが世間に出る次元になってきたのは、愉快ですし、解放されつつある空気を感じますね。
つかの間の( CMよりもショートミニッツよ...)紹介で、見知らぬ世界を一瞬覗くような気分になります。
どんな言語もスラングも隠語も理解できる悩でしたら好いのに、と思います。
もちろん、ポープが辞任することは、さして驚くことではなく、今までの宇宙と銀河連邦からの情報を読んでいれば、『来たか!』と納得できますよね。
*3つ目の記事はhttp://shinseido24.blog.fc2.com/ __ 神一厘の仕組み•探究道より転載させていただきます。
この探究道につきましては、いくつか記事を転載させていただいたことがありました。
それでも、内容に異質な重厚さを感じて、軽くは扱えないと思いまして、外したという経緯があります。
ところが、老翁の十理様との再会再縁をもって、許可が下ったような感覚をもちます。
(また本日は大好きな<<蔵王権現様>>の御出現ですから、わくわくしました。)
そうして、探究道の曾ヶ端様の記事を扱わせていただける正式なリンク軌道へと入れた。と、そのように思います。
初めの記事は、ハートの贈りもの/ナルデコンさんより転載します。
ー*ー合掌
辞任発表から数時間後に、バチカンの大聖堂に落ちた雷。(天の意志の表れか?)
12億の信者を擁するカトリック界に、激震が走っています。
法王の存命中の辞任は600年ぶりだそうで、極めて異例です。しかも、周囲に何の相談も無かったようです。
もちろん、これは、ベンジャミン情報などで、去年から言われてきたことですが。
よほど、光の勢力側から追い詰められたのか、それとも、天界のいう「ネガティブエネルギーの封じ込め」が効いて、法王自身にも光が差してきたのでしょうか。聖職者による性的虐待被害者の団体、ローマ法王の退位を歓迎
オランダ女王の譲位、フィジー周辺へ逃げたロックフェラー、法王の辞任、そして、日本では、これも極めて異例の日銀総裁の任期中の辞任、いずれも、闇の勢力の権力の衰えと関係があります。
次は、エリザベス女王の譲位、、でしょう。
良き宇宙人、我々の親戚・スペースファミリーによって、核兵器の使用がことごとく阻止されたため、第三次世界大戦が起こせないまま、地球はアセンションを無事に迎えました。
しばらくはまだ、3次元と5次元のスポットが地球上で入り混じるので、闇の勢力の悪事は尾を引くでしょうが、それも時間の問題です。
「アセンションなんて嘘、地球の黄金時代なんて嘘」と主張する人がまだいるようですが、何故、このように軍産複合体の力が急速に弱まり、地球全体に鉄壁の支配を敷いてきたはずのNWO の世界支配のシナリオが消えつつあるのか、その理由を考えてみたいですね。
どのような勢力が、ほぼ不可能に近かった、これほど難易度の高い介入を行い得たのでしょうか?
M6、7、8といった地震が相次ぐ中で、去年以降、何故、大被害にならないのでしょうか?
何故、メルトダウンを起こした福島原発が、まだ原形を保っていられるのでしょうか?
蔵王権現現る!各々方覚悟は宜しいかな?
皆の衆!
1414の時を迎えておるぞ!
神界メッセージによる下記の段階を経てじゃ
最終段階に入ったぞ!
始めの現われ、岩の神であるぞ。
次が、風の神、そして雨の神、
地震の神、
大地震の神となりなりて、
荒の神御現れぞ。
世界を見渡して、ここ数年の
それぞれの神のお働きを
思い起こしてみられよ。
地震の頻発から、
続いたのう!
そして最終的には、荒の神のお働きとなる。
荒れの神とは、皆の衆の誰もが知っておる
イエス・キリスト様のことじゃ。
蔵王権現とは(Wikipediaより)
蔵王権現(ざおうごんげん)は、
インドに起源を持たない日本独自の仏で、
権現とは「権(かり)の姿で現れた神仏」の意。
大己貴命、
少彦名命、
国常立尊、
日本武尊 、
主に上記の5組の神々らを祭神とするようになった。
どうじゃな。
ゴレンジャーの如くチーム一体になられるとあるわけじゃ!
太陽系創出の親神がご夫婦揃っての揃い踏みでの
ご神業とあれば、どんな闇の大将も適う術などありはしない!
ゆえに光と闇の戦いは、ここに終止符を打たれるわけじゃで!
腰をぬかすぞ!
三位一体の超強力合体みたいなものじゃで!
大地は鳴動し、地上は阿鼻叫喚の渦となる。
しかしそれも、大変換の中での、取り壊しの時期。
じっと耐えれば、闇の消滅した、光の国がやってくる。
大神様にご返上する覚悟を言うのじゃで!
そんな覚悟無き者が、甘い言葉の霊能者、
偽霊能者の「あるがままでよい」などに、
群がるわけじゃ。
お気楽で、極楽に行こうとして、
カムナガラを目指す胎を決めた諸氏!
各々方、覚悟は出来ておるな。
いざ、命を賭けて、彼岸に亘る準備をなされよ!
日月神示には、10年前に出逢いました!自分自身の気になる事を探索してましたが、最後はいつも日月神示にたどり着きました。最近また、なぜか気になり始めネットを調べていましたら、こちらにたどり着いた次第です!私の探していたものが全てありましたので驚きました!大変詳細に説明されていてよく分かります。感謝です。
このようなコメントを頂き、わたくしの方も『日月神示』をもう一度見直してみたくなり、書籍を開くことになりました。その中で、来るべき”ミロクの世”の形として、以下のような神示が示されておりました。「世界中まるめて神国の一つの王で治めるぞ。それが神の世のやり方ぞ、百姓は百姓、鍛冶は鍛冶と、今度は永遠に定まるぞ、身魂の因縁によりて今度はハッキリと決まって動かん神の世とするのぞ、茄子の種には瓜はならんぞ、茄子の種に瓜をならすのは悪の仕組み、今の世は皆それでないか。」 (上つ巻・第二十八帖)
「逆立ちして歩くこと、なかなか上手になりたれど、そんなこと長う続かんぞ。あたま下で手で歩くのは苦しかろうがな。上にいては足も苦しかろうがな。上下逆さまと申してあるが、これでよく分かるであろう。
足はやはり下の方が気楽ぞ。あたま上でないと逆さに見えて、苦しくて逆さまばかりうつるぞ。この道理わかりたか。岩戸開くとは元の姿に戻すことぞ。神の姿に返すことぞ。」 (下つ巻・第十三帖)
「そなたはいつも自分の役に不足申すくせがあるぞ。そのくせ直して下されよ。長くかかってもよいから、根の音(ね)からの改心結構ぞ。手は手の役、足は足、頭は頭の役、それぞれに結構ぞ。上下貴賎ないこと、そなたには判ってゐる筈なのに、早う得心して下されよ。」 (月光の巻・第五十五帖)
古代の日本では、社会構造を「カミ(神)、キミ(君)、オミ(臣)、タミ(民)」と捉えてきました。これを真逆に捉えたのが、現代の西洋型民主主義です。すなわち、本来であれば「民」として生きるべき人が、「臣」などを務めているのが現代社会の本質ではないでしょうか?また、人が自然界を支配し、神の上位に位置づける・・・あまりにも傲慢な態度であり、神に対して無礼であると言わざるを得ません。天罰が下ります。これでは世の中は争いばかりで、治まるわけがありませんね。
現在は、いわゆる”多数決の正義”と”学歴至上主義社会”でありますので、リーダーとしての素質がない人でも、見栄だけでリーダーをやっているケースは、意外と多いように思います。
ひどいケースになると、エゴが強く、大きな声で周囲を恫喝できるというだけで、リーダーをやっている方もおられるわけです。(最近、マスコミなどによって明るみに出てきた、学校現場における”体罰という名のいじめ”などは、そのよい例かもしれません。)
明らかに末期症状だったわけですが、『日月神示』に言わせると、このようなケースは「悪の仕組み」であったということです。頭を使うことを得意とする人もいれば、体を使うことを得意とする人もいるわけで、現在の風潮では、体を使うことを得意とする人が、頭を使う職種であるリーダーになっているケースが、ままあるわけです。『日月神示』では、以下のようにも説かれています。「学の鼻高さん何も出来んことになるぞ、今に世界から正真(しょうまつ)が段々判り来て、あわてても間に合はんことになるぞ、今の内に神示よく肚に入れておけよ、この道には色々と神の試(ためし)あるから漫心するとすぐひっくり返るぞ、考へでは判らん、素直結構ぞ。
日本には五穀、野菜、海、川、いくらも弥栄の食物あるぞ、人民の食物 間違へるでないぞ、食い過ぎるから足らんことになるのざぞ、いくら大切な、因縁の臣民でも仕組の邪魔になると取り替へるぞ、慢心取違ひ致すなよ、代へ身魂いくらでもあるぞ。学問の世はすみたぞ、学者は閉口するぞ、商売の世も済みたから商売人も閉口するぞ、力仕事は出来んし、共喰するより他に道ないと申す人民許りになるぞ、今迄とはさっぱり物事変るから今迄のやり方 考え方 変へて呉れよ、神示通りに行へば其の日その時から嬉し嬉しざぞ、此処は落した上にも落しておくから、世の中の偉い人には中々見当とれんから、身魂の因縁ある人には成程なあと直ぐ心で判るのぢゃぞ、九の花咲けば皆よくなるのぞ、九の花中々ぞ。」 (『日月神示』空の巻・第十二帖帖)
私見ではありますが、以下にリーダーとしての資質を挙げてみたいと思います。
・心の清さ(愛と慈悲、誠実な心)
・備わった人徳
・長期的視野に基づいた先見性・本質を見抜く洞察力
・正しい直感力と判断力
・カリスマ性
・奇跡を起こす力(神力)・・・
『日月神示』で示された”ミロクの世”の形
2013-02-11
先日、読者の方から頂いた”拍手コメント”の中に、以下のようなコメントがありました。日月神示には、10年前に出逢いました!自分自身の気になる事を探索してましたが、最後はいつも日月神示にたどり着きました。最近また、なぜか気になり始めネットを調べていましたら、こちらにたどり着いた次第です!私の探していたものが全てありましたので驚きました!大変詳細に説明されていてよく分かります。感謝です。
このようなコメントを頂き、わたくしの方も『日月神示』をもう一度見直してみたくなり、書籍を開くことになりました。その中で、来るべき”ミロクの世”の形として、以下のような神示が示されておりました。「世界中まるめて神国の一つの王で治めるぞ。それが神の世のやり方ぞ、百姓は百姓、鍛冶は鍛冶と、今度は永遠に定まるぞ、身魂の因縁によりて今度はハッキリと決まって動かん神の世とするのぞ、茄子の種には瓜はならんぞ、茄子の種に瓜をならすのは悪の仕組み、今の世は皆それでないか。」 (上つ巻・第二十八帖)
「逆立ちして歩くこと、なかなか上手になりたれど、そんなこと長う続かんぞ。あたま下で手で歩くのは苦しかろうがな。上にいては足も苦しかろうがな。上下逆さまと申してあるが、これでよく分かるであろう。
足はやはり下の方が気楽ぞ。あたま上でないと逆さに見えて、苦しくて逆さまばかりうつるぞ。この道理わかりたか。岩戸開くとは元の姿に戻すことぞ。神の姿に返すことぞ。」 (下つ巻・第十三帖)
「そなたはいつも自分の役に不足申すくせがあるぞ。そのくせ直して下されよ。長くかかってもよいから、根の音(ね)からの改心結構ぞ。手は手の役、足は足、頭は頭の役、それぞれに結構ぞ。上下貴賎ないこと、そなたには判ってゐる筈なのに、早う得心して下されよ。」 (月光の巻・第五十五帖)
古代の日本では、社会構造を「カミ(神)、キミ(君)、オミ(臣)、タミ(民)」と捉えてきました。これを真逆に捉えたのが、現代の西洋型民主主義です。すなわち、本来であれば「民」として生きるべき人が、「臣」などを務めているのが現代社会の本質ではないでしょうか?また、人が自然界を支配し、神の上位に位置づける・・・あまりにも傲慢な態度であり、神に対して無礼であると言わざるを得ません。天罰が下ります。これでは世の中は争いばかりで、治まるわけがありませんね。
現在は、いわゆる”多数決の正義”と”学歴至上主義社会”でありますので、リーダーとしての素質がない人でも、見栄だけでリーダーをやっているケースは、意外と多いように思います。
ひどいケースになると、エゴが強く、大きな声で周囲を恫喝できるというだけで、リーダーをやっている方もおられるわけです。(最近、マスコミなどによって明るみに出てきた、学校現場における”体罰という名のいじめ”などは、そのよい例かもしれません。)
明らかに末期症状だったわけですが、『日月神示』に言わせると、このようなケースは「悪の仕組み」であったということです。頭を使うことを得意とする人もいれば、体を使うことを得意とする人もいるわけで、現在の風潮では、体を使うことを得意とする人が、頭を使う職種であるリーダーになっているケースが、ままあるわけです。『日月神示』では、以下のようにも説かれています。「学の鼻高さん何も出来んことになるぞ、今に世界から正真(しょうまつ)が段々判り来て、あわてても間に合はんことになるぞ、今の内に神示よく肚に入れておけよ、この道には色々と神の試(ためし)あるから漫心するとすぐひっくり返るぞ、考へでは判らん、素直結構ぞ。
日本には五穀、野菜、海、川、いくらも弥栄の食物あるぞ、人民の食物 間違へるでないぞ、食い過ぎるから足らんことになるのざぞ、いくら大切な、因縁の臣民でも仕組の邪魔になると取り替へるぞ、慢心取違ひ致すなよ、代へ身魂いくらでもあるぞ。学問の世はすみたぞ、学者は閉口するぞ、商売の世も済みたから商売人も閉口するぞ、力仕事は出来んし、共喰するより他に道ないと申す人民許りになるぞ、今迄とはさっぱり物事変るから今迄のやり方 考え方 変へて呉れよ、神示通りに行へば其の日その時から嬉し嬉しざぞ、此処は落した上にも落しておくから、世の中の偉い人には中々見当とれんから、身魂の因縁ある人には成程なあと直ぐ心で判るのぢゃぞ、九の花咲けば皆よくなるのぞ、九の花中々ぞ。」 (『日月神示』空の巻・第十二帖帖)
私見ではありますが、以下にリーダーとしての資質を挙げてみたいと思います。
・心の清さ(愛と慈悲、誠実な心)
・備わった人徳
・長期的視野に基づいた先見性・本質を見抜く洞察力
・正しい直感力と判断力
・カリスマ性
・奇跡を起こす力(神力)・・・
これらの資質は、いずれもペーパーテストでは計れないものばかりですね。
あるいは行き過ぎた競争社会と学歴社会が、日本を崩壊に追い込んだと言っても過言ではないかもしれません。 (なお、これからの時代はお互い”競争”ではなく、”切磋琢磨”が正しい生き方と言えそうです。)人の価値を、学歴と年収だけで決めようとする人が多い世の中ですが、極めて”愚かな輩”であると言わざるをえません。
自分らしい生き方ができている人は輝いています。「人類、皆平等」の本質とは、「命に貴賎なし」ということに他ならないのです。
しかし、偉大なリーダーを欲するならば、皆が偉大な国民にならなければなりません。そのための手掛かりとして、ご自分の天命を知っておくというのは、とても大切なことです。皆さんの今生生まれてきた使命、あるいは魂の目的とは、どのようなものだったのでしょうか?このことを知っておくと、これからの混迷の時代を生き抜く上で、極めて生き易くもなるのです。
最終的には、「他の人からの頼まれ事」や、自分の中に湧き上がる「ワクワク」を追究した生き方が天命につながっていくわけですが、それ以外にもご自身の使命を知る手掛かりの一つとして、「数秘術」を用いるというものがあります。・・・今回は時間が来てしまいましたので、この続きは次回に譲ると致しましょう。
【参考書籍】
しかし、偉大なリーダーを欲するならば、皆が偉大な国民にならなければなりません。そのための手掛かりとして、ご自分の天命を知っておくというのは、とても大切なことです。皆さんの今生生まれてきた使命、あるいは魂の目的とは、どのようなものだったのでしょうか?このことを知っておくと、これからの混迷の時代を生き抜く上で、極めて生き易くもなるのです。
最終的には、「他の人からの頼まれ事」や、自分の中に湧き上がる「ワクワク」を追究した生き方が天命につながっていくわけですが、それ以外にもご自身の使命を知る手掛かりの一つとして、「数秘術」を用いるというものがあります。・・・今回は時間が来てしまいましたので、この続きは次回に譲ると致しましょう。
【参考書籍】
完訳 日月神示 (2011/05/02) 岡本 天明 著 |
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